2020年8月15日土曜日

8/14 わが家正面玄関の衛府(えふ)“左近・右近”が完成





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わが家正面玄関の衛府(えふ)*①“左近・右近”が完成。

 

 「左近の桜・右近の橘」のように恰好良くありませんが、長年懸案の庭道楽の一つ“正面エントランス”の左・右の要が何とか形になりホットしています。

 これも外出自粛と言う「コロナ過」のおかげです。

 

 *①;衛府(えふ)⇒奈良・平安時代、宮中の警備をつかさどった役所の総称

 

321-1 わが家の“左近”

 “左近衛府 (さこんのえふ)”には二か月前に仕上がった「ビオトープふうメダカ水槽」。

ご覧のとおり水注ぎ口周辺の苔や草が今まさに“夏”を謳歌しています。

親水槽の中の成魚メダカ池(右側)は木陰が出来て涼しそう、写真手前の稚魚池のメダカたちは未だ写真に写るほど大きくならないが元気に泳ぎ回っています。

稚魚の種類(現在3種)・育った状態(孵化後日数差の大きさ違い)による「攻防戦・共食い、与えた餌の食べ方」が少し落ち着いてきて 縄張りも匹数も安定しました。

 

最近は予算を出し渋ったわが家の“財務相”もご機嫌になり 日に何度も稚魚メダカの元気な泳ぎを眺めに来ます(笑)

 

321-2 “右近”

“右近衛府(うこんのえふ)”には10数年かけて仕上げた庭用の“盆景”。

この盆景は屋外での使用を考え、長期に亘り基礎作業に時間をかけました。

海の部分は水抜けが良く、さらに 雑草が生えなくなるまで10年程かけ整備。

陸地部分は“サナダゴケ”と言う苔を敷いて 苔の乾燥負けを防ぐため水抜けが少ない粘土質の土を使い「半湿地帯ふう」に仕上げた。

こんな面倒な作業をしたのは「手入れ簡単・雑草が生えない」が狙いでした。

 

321-3 “参道”俯瞰

 “山ケン宮”参道(?!) の俯瞰です。“宮”の建屋はボロで見せませんヨ(笑)

 左近・右近の大きさの違いは勘弁して戴くとして「 なんとなく治まる場所に収まった」と自画自賛しています。

 

山ケン 

2020年8月8日土曜日

8/7 「お寺さんは今どうしている?」




 


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20200807

 「お寺さんは今どうしている?」

           【前回の神社報告に続き仏教寺院編です】

人口減少 老人化が進む日本、“お寺さん”はどうしているのだろうか。国の統計では仏教寺院数 77,256寺(2016年)、信者数は8,770万人を超えています。

そのほとんどの実態は 統計上の信者数とは関わりなく「自覚が無いまま 生活様式や季節の行事として生活している」のでは・・・

近くの神社の宮司さんも「最近引っ越して来た人達は“氏子も檀家”も全く意識なく住んでいますね」と、ため息混じりで言っていました。

 

320₋1 柏のお寺さん

東京のベッドタウン柏市にも59寺(2019年)ものお寺さんがあります。

このお寺さんは家から1km程の住宅地、創建1639年(家光の時代)の寺院です。

ここの歴代住職は大変な教育熱心で、江戸時代の「寺子屋」を明治になって即刻「学校」に。現在も小学生への法話用に「“四天王”代わりの怪獣の像」を置いたりして頑張っています。 経営もしっかりしている様子でした。

 

320-2 福島南会津の小さなお寺さん

 この写真のお寺さんは檀家約240人、奥さんとの自給自足で頑張っています。実は山ケンの実家も高崎でこのお寺さんと同じ宗派だったことから「ひょんな機会で知り合い」昨年から準檀家的な付き合いをはじめ、たまたま令和元年度の会計決算書を見せていただきました。

一般会計決算の収入は檀家からの1、300.8K\だけで、支出は“本山割”180K\、除雪植木剪定等“環境整備”450K\、“各種保険”260K\などで全て消えていました。大きな費用は、檀家の了解と浄財の拠出を願いその都度の特別会計です。

 

320-3 特別会計の使い道

 昨年度は境内の仏堂(子安観音、日除け観音、延命地蔵)の屋根改修415.8K\、参道拡幅245.6K\ 総本山“長谷寺”修復分担24.5K\を檀家協力で行った。

 

320-4 檀家共同納骨供養塔 

 この塔も特別会計で“檀家共同納骨供養塔”として2年ほど前に建てた。

これが山間部の小さなお寺さんの実情でした。

 

山ケン

2020年8月1日土曜日

7/31 「神社って今どうなっている?」 その2






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20200731

「神社って今どうなっている?」 その2

 

319₋1 水の神さま

  東遷で河道が変わった利根川・手賀沼の度重なる水害に悩まされ 恐れていた1764年(明和2年)、村人たちが建てた手賀沼の“水神さま”。245年間と言う長い・永い年月続いた手賀沼の治水事業もようやく終りになった平成、水質改善工事も終わってこの場所に引っ越してきた水の神様です。

しめ縄も鳥居も無いただの石造りだが当時の村人たちにとって大切な信仰の記憶が今もこうして残り 時々供物が添えられています。

 

319-2 神さまが宿るところ

日本人は倭国(わこく)と言われた昔から“自然(場所・現象)・祖先”などに対する“恐れ・敬い・祈り”の信仰心を育んできた。

人々は“太陽・岩・森・滝”などに「神さまが宿っている」と信じ、「都度 祭壇などを構えて祈祷する場所が神社」の始まりになった。

良い例が奈良県にある「三輪山 大神神社(おおみわじんじゃ)」です。

山そのものが“神さま”の居場所で神殿などは無いが 山全体が神域として人は住むことがなかった。

その証として今も“鳥居のみ”が残っています。

                                                   

319-3 現存する最古の神社建築

 国宝“宇治上神社”、2004年2月の年輪年代測定調査結果から1060年頃のものと分かり「本殿が現存最古の神社建築」であることが裏付けられた。

この神社の建立目的は すぐ隣にある平等院(1052年 創建)の末社としての“鎮守”だった。

 

319-4 神仏習合

 明治の“神仏分離”になるまでは寺院・神社は“神仏習合”が普通で「摂社・末社・末寺」など“社寺の分身”を境内・周辺地に数多く建てた。柏市にも 歴史ある“福満寺”と言う寺には100柱を超える末寺(仏堂含む)・末社が現存している。柏市の社寺は2019年調査では、(末寺・末社を除き)「神社50社・仏教寺院59寺」がありました。

 

山ケン


2020年7月24日金曜日

7/24 「神社って今どうなっている?」その1






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「神社って今どうなっている?」その1

318₋1 柏 広幡八幡宮
十数年前 家から2km程にある 柏市内の総鎮守 の1社“広幡八幡宮”で初孫の「初宮参り」をした。孫の親(息子)は松戸市の鎮守*①で、その親(山ケン)は「高崎市の鎮守で初宮参りをした」と母の言葉を思い出した。

【今回の写真便りのきっかけ】 最近BCCメンバーの一人から「神社仏閣 は どのくらいあって、どう経営しているの?」と問われ 近隣の社寺で実態を調べることにした。
神社は戦後の新憲法“宗教法人法”で政教分離され 官幣社など“神社格”がなくなり民間組織になった。その数は2016年で81,156社、データは「4年前に比べ100社も少なく 今後更に減少していくだろう」と神社本庁から聞いた。
【神社組織は、宗教法人法で言う“神道系包括団体”として「神社本庁」が東京にあり その下に県毎に「神社庁(支店的な部署)」、さらにその下に「単位宗教法人*②」として「○○神社」がある。伊勢神宮のような特別な神社を除くと殆ど単位宗教法人です】

*①神社と鎮守・氏神 ⇒土着のいろいろな神を鎮めて国・城・村などと そこに住む者を守る 
“神”が 鎮守神。氏(うじ=一族)の共通の“神”が 氏神。“神”を祀った建造物が 神社。
*②単位宗教法人⇒宗教法人法で「境内建物」を有する社寺は 独立経営出来るため、殆どの社寺は独立経営でした。

318-2柏 大井の鎮守 香取神社
 広幡八幡宮の約1km先、隣町の大井地区に鎮守“香取神社”がある。香取神社は千葉県香取市に総本社があり全国で約4000社の香取神社を管理している。
 が、この神社は周囲の山林の身売りまでして単位宗教法人を維持している。

318-3柏 名戸ケ谷の氏神 香取神社
 香取神社は柏に10か所現存するが 大井のみ宮司さんが務めていて その宮司さんは近郷3ケ所の鹿取神社も管理していた。その他の香取神社は近くの大きな神社勤めを本務とする神職が出向し宮司を兼ねる無人社で名戸ヶ谷も周囲の土地をドラッグストアに貸すなど苦労する無人独立経営をしていました。

山ケン

2020年7月17日金曜日

7/17 “手賀沼の一日”







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20200717

“手賀沼の一日”

317₋1夜明け
 *撮影2016年10月4日 5:43分

 この時間は 地元の釣りマニアもそろそろ「自分の釣り座」に来るころです。

317-2 日の出「朝の食事に向かうコブハクチョウ夫婦」
 *撮影2015年11月28日 6:41分 

当時の観察記録を見ると この夫婦は「白色系ひな7羽」を無事育てあげ巣離れさせた後なので 夫婦だけで のんびり食事に向かうところでしょう。
 ・コブハクチョウは抱卵・孵化・ヒナの巣立ちの後は巣を定めません。
夫婦は 子供たちと別に 自分達が気に入った所で夜を過ごし 行動を共に
します。

317-3 昼盛り 
 *撮影2016年6月27日 11:55分

 近所に暮している「絵が大好き」奥さん、旦那は田圃の雑草取りだそうです。
 昼どきなのにお弁当はどうなっているのかなー?

317-4 夕陽 「シラサギの帰巣」
 *撮影2016年9月6日 17:48分

 日が沈むとシラサギ達は呼応したかのように“それぞれの止まり場に戻り夜を過ごす”のです。

山ケン

2020年7月11日土曜日

7/10 金魚の記憶






本号は先週315号の原稿完成以前のものでしたが、写真撮影の都合で前後逆の掲載になりました。

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20200710

金魚の記憶

子供のころ夜店で買ってもらい薄暗い裸電球の下でどんぶりに入れて寝るまで眺めていた 一匹の小さな金魚の記憶・・・
町内のお寺さん本堂裏の蓮池、誰かが放したのか一匹の大きな金魚(緋鯉?) が
泳いでいた記憶・・・

316₋1 
こうやって水槽の金魚を眺めているといろいろな記憶が蘇えってきます。

316-2
個性的な金魚たちの姿は全く飽きることなく時が経って・・・

316-3
自由に泳ぐ彼らを陶然と見ていたら、アライグマにやられたわが家の水槽(301号)の事を思い出してしまった・・・

 *庭の水槽は その後“堰から落ちる水を想定した「ビオトープふう水槽」”に改造中なのでそのうちに写真便りで披露したいです。
 ただし金魚は飼えない事になっているので、動物は「メダカ」では、と
我が家の管理人と折衝中ですが…成功するかどうかは「?」
水生植物だけのビオトープになるかも (笑)・・・

山ケン

2020年7月4日土曜日

7/3 待望のビオトープふうメダカ池 完成







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  待望のビオトープふうメダカ池 完成

 今年2月9日アライグマに襲われた庭の金魚水槽(301号にて報告)が姿を変えて使用開始です。新型コロナ過による外出自粛で家での時間が増え 念願のビオトープふうメダカ池”が出来ました。
 
315₋1 メダカ
 漸く水槽改造をわが家の財務大臣認可、“メダカ”でOKをもらい工事着手。
ピオトープ(英: biotope)⇒日本では「水辺の生物(動植物)棲息空間」。水槽には当然水生植物も必要と“ホテイアオイ”“金魚草”を入れたが メダカの孵化も考えメダカ草の異名のある“オオサンショウモ(大山椒藻)”もこの撮影の翌日追加した。

315-2 生育に成功した“アサザ”
少し変わった植物もと思い小さな水槽ではあまり馴染のない“アサザ”も検討、知り合いから一株分けてもらい 試験栽培で2㎝程の可愛らしい花が咲き採用。

315-3 漸く“ビオトープ”ふうになった  
 水槽内部だけではなかなか恰好が付かず 貯水槽からの水の落ち口(水流①)と水面の空間を“テラリュウム*①”ふうに水辺の草を植えることで大規模な追加工事になり予算オーバ(笑)。 手前の草は約10年前に水槽のまわりに植えて育った河原に自生の“フウチソウ(風知草)”です。水流は4系統(地上部の植物用も含め)の循環方式とし、地上部には苔や水辺の草を植えた。 A・B水槽の砂利層下部には地下水を模して循環水を流した(水流②)。この方式だとA・B水槽の砂利下は流れができ底水が置換するが水面は波立つことがなくなり メダカ達はストレスのない環境で生活できる。
 「運用開始いきなりの大発見」浮草の下ですでに卵を産みつけていたようで、浮草移動10日も経たずに3㎜程の稚魚2匹発見、まさにピオトープになった。
「稚魚は未だ写真には写りませんので勘弁して下さい。」
 *①テラリウム (Terrarium) ;身近な生物(主に植物や小動物)をガラス容器内などで
栽培・飼育し鑑賞するもので19世紀のロンドンで生まれ世界中にひろまった。
315-4写真説明

山ケン