2018年4月22日日曜日

4/20 “穀雨”「春 雨降りて百穀を生化すれば也」







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20180420

  “穀雨”「春 雨降りて百穀を生化すれば也」

420日は“穀雨” 12節気で春の最後の季節です。

200-1 隣の公園
家の周辺には幾つも公園があり季節を楽しませてくれます。
でも 桜も最後のようです。

200-2 3番目の春の花
拙宅の庭のシャガは 梅の白、ボケの赤に次いで3番目に咲く春色です。
今年は大変早く咲きました。

今日も自転車で“花鳥風月”“時代映像” 探しに出かけなければ…
「素材“1コマ/日”以上」が写真便り編集長からの命令ですから()

200-3 路傍の春
家を出て数分、六号国道も春盛りでした。

2004 穀雨の庭
農家の庭では“春モミジ*”と若竹が目に飛び込んで まさに“穀雨”です。
夢中でシャッターを切りました。

これから花の被写体が多くなり大助かりです。

 *春紅葉(ハルモミジ);楓の仲間には芽吹きの葉が秋の紅葉と違った
みずみずしい赤になる種類があります。

山ケン

4/13カメラ散歩 八代将軍吉宗 肝いりの飛鳥山の桜






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20180413 

カメラ散歩 八代将軍吉宗 肝いりの飛鳥山の桜

東京に数多くある桜の名所の中でも江戸時代からの王子飛鳥山が一番庶民的ではないかと思っています。
何と言っても(吉宗の時代)280年前から続く江戸庶民のお花見名所なのですから…

一方「花の雲 鐘は上野か浅草か(芭蕉)」で有名な上野は、寛永年間(162444)から開けた由緒ある花の名所ですが、山の管理元寛永寺に将軍家の霊廟ができ 江戸で最も神聖な地として「山同心」が常時見張り、花の枝一本折っても御用となる時代で、江戸の庶民には近づきがたい場所だったようです。

199-1 吉宗が創った飛鳥山
元文2年(1737)建立の碑が今も残っています。
飛鳥山は明治6年、太政官布達によって、日本最初の公園に指定されました。

*因みに上野の花見を語った落語「長屋の花見」は明治になって創作*された
もので山同心などいなくなった時代設定です。
 *天才落語家 三代目蝶花楼馬楽が演じて、弟弟子の四代目柳や小さんが受
  け継ぎ、今は小三治の得意な出し物です。

199-2 家族連れのお花見場
吉宗が享保の改革の施策のひとつとして江戸っ子たちの行楽の地とするため、飛鳥山を桜の名所にしてから、今はヤマザクラ、ソメイヨシノなど約600本が園内に植え継がれ、旅行者・サラリーマンで賑わう上野公園のお花見と違って家族連れが中心の和やかなお花見風景です。

199-3 飛鳥山の標高は25.4m*
お江戸一低い飛鳥山は王子駅のすぐ近くです。
 *今まで愛宕山が25.7mで東京では一番低い山となっていたが、飛鳥山
  に測量水準点を設置した2009年以降は地図データの上では一番低くなり
  ました。

199-4 駅から1分 バリアフリーのお山です
あすかパークレール(写真左手前)”は、高齢者、障害者や小さなお子様連れなど誰もが飛鳥山を楽しめるために、飛鳥山公園入り口から山頂間に設置した無料のモノレールです。
自転車を下に置いての山登り()で 慢性変形性膝痛持ちも大助かりしました。

山ケン

2018年4月7日土曜日

4/6 玄鳥至(つばめ来る)







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20180406

玄鳥至(つばめ来る)

七十二候では45日~9日頃を“玄鳥至⇒つばめ来る”と言って南からツバメが帰って来る時期だそうです。でも手賀沼で今年は大変早く3月中旬に見ました!

ツバメは“すずめ目:ツバメ科”日本で産卵・繁殖のために渡って来る夏鳥です。

このスズメ目と言う鳥の仲間は大変種類が多く今生きている“鳥類”1400種のうち約6200種が“スズメ目”との事。
皆さんが見ている鳥の半分以上がスズメの仲間です!
と言うことで手賀沼周辺を探すと夏冬関係なくカメラに収まる鳥の多くがスズメ目でした。

198-1 ジョウビタキ ()
スズメ目ツグミ科(ヒタキ科)
日本では冬鳥として渡ってきます。雌は地味で気付くのは意外と難しいです。

198-2 ホオジロ(雄)
スズメ目ホオジロ科
種子島から北海道まで広く分布、基本的には留鳥。

198-3 シジュウカラ
スズメ目シジュウカラ科
雌雄の識別は前から見た胸の黒い縦帯が広いのが雄、狭いのが雌です。
この写真はたぶん雄です。

198-4 エナガ 雌雄()
スズメ目エナガ科
日本では九州以北に留鳥または漂鳥として生息するスズメ目では一番小さな鳥でしょう。山ケンには 外観で雌雄判別できません。

山ケン