2016年4月23日土曜日

4/23 佃島







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今週のテーマ;佃島
21世紀の佃島は隅田川から見ると東京の高楼の様にそびえ立っていました。
そんな佃島の昔を探しに訪ねました。

96-1 永代橋からの佃島
佃島では昭和61年(1986) から超高層マンション「大川端リバーシティー21」が整備
され
東京オリンピックを間近にして東京都心の新時代に変身中でした。

96-2 時代の狭間
東京駅前でレンタサイクルを借り永代橋を渡って30分、佃島に着きました。
超高層マンションに囲まれた佃島には未だ懐かしい銭湯も営業していて
昭和の雰囲気の生活を営んでいることが分かり ほっとしました。

96-3 佃島 北斎
北斎が富嶽三十六景「武陽佃島」に描いた佃島は、
徳川家光時代 寛永2年~正保2年(1625~1645)頃に
石川島近くの砂洲に築島し、摂津から移住した漁夫たちが住んでいました。

島の手前、漁師の釣り姿を見ていると
当時は今より魚が沢山釣れたのだろうなー! と思い楽しくなります。

96-4 船着き場
隅田川の佃大橋の上流100m程東岸に幅10mくらいの水路でつながっている
静かな船着き場は 昔の隅田川の匂いを思い出させてくれました。

96-5 追憶
冬の陽だまり、小さいとき住んでいたお稲荷さん脇の風景に
タイムスリップしたような気分に浸り 一日のカメラサイクリングを終えました。

山ケン

2016年4月16日土曜日

4/16 僕の原風景








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今週のテーマ;僕の原風景

病後の体力増強維持のため カメラ片手のサイクリングを続けている本当の目的は
「僕の原風景探し」だったような気がします。

95-1 裏庭
春風に誘われて 住宅街のいつもの道から外れ ふと目にした風景。
新緑の中、藁屋根の小屋があった…

かすかな懐かしい匂いを感じた瞬間…時空を超え
(たぶん)小学校2年の頃に場面が替わった。

95-2 母屋
洗濯ものを干していたおばあさんと挨拶を交わし庭に入らせていただいた母屋が
初めて母に連れられて訪ねた家と同じだった。

95-3 隠れ家
家の人と縁側で母が持参の風呂敷包みを広げ何か話し合っている間に
裏にまわった僕の目に物置小屋が飛び込んできた
僕は未知の隠れ家を覗き込むように恐る恐る近づいた…

95-4 もみじの芽吹き
帰り道、竹林の脇でもみじの紅い新芽を見上げていた母が
満足そうな顔で
「バスを降りたら何か食べようね」と話しかけ 歩き出した。
母特有の下駄の音が耳の奥に残った…

山ケン

2016年4月9日土曜日

4/8 数奇な運命の新大橋





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今週のテーマ; 数奇な運命の新大橋
新大橋は五代将軍徳川綱吉時代の元禄6年12月7日(1694年1月4日)、
千住大橋、両国橋に次いで3番目に架けられました。
架橋後何度も破損、流出、焼落があり、
その回数が20回を超えたと記録が残っています。

94-1新大橋  歌川広重最晩年の作
八代将軍徳川吉宗(1716~1745)は幕府財政窮地に至った享保(1717~1735)、
橋の維持管理をあきらめ廃橋を決めた。が 町民衆の嘆願により橋梁維持に伴う
諸経費を町方が全て負担することを条件に延享元年(1744)には存が許された。

 *歌川広重(1794~1858) この絵はゴッホが模写したことで有名

94-2「江戸名所図会」より新大橋 斎藤 月岑
町衆は維持のために橋詰にて市場を開いたり、寄付などを集めるほかに
橋が傷まないように橋のたもとに
「渡るものは休んだりせず渡れ、商人も物乞いもとどまるな、荷車は通行禁止」
と高札書きを掲げた民営の橋でした。

*斉藤月岑(さいとう げっしん:1894~1878)江戸の町名主、考証家。
『江戸名所図会』『武江年表』など江戸の町についての基本資料を著述したことで知
られる。

94-3 新大橋は鉄橋になって「お助け橋」になった
明治になって 西洋式の木橋として新しく架け替えられたものの事故は止まず、
ついに明治45年(1912) にトラス式の鉄橋として生まれ変わったのです。

しかし大正12年(1923) 関東大震災で同じ鉄橋の永代橋が橋底に木材を
使用していたため橋底が炎上し多くの焼死者、溺死者を出した。
この時 隅田川の全ての橋が喪失した中で 新大橋が唯一被災せず
避難の道として多数の人命を救い「お助け橋」といわれたのです。


94-4現在の新大橋
お助け橋になったものの 二次大戦後 交通量の増加に橋台が耐えられず
沈下が激しくなり ついに大型自動車通行禁止橋になってしまった。

昭和 53年(1978)、初めて橋が架けられてから284年目にようやく
強固な基礎の上に斬新軽量な斜張橋(吊り橋の一種)の新大橋が完成したのです。

山ケン

2016年4月1日金曜日

4/1 それぞれの休日






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今週のテーマ;それぞれの休日

手賀沼は自然豊かな遊歩道と広々としたランニング/サイクリング専用道など
雰囲気の違う周囲18kmの湖(沼)です。
春、誰もがそれぞれの休日を過ごしていました。

93-1 午後の小道
早春、湖畔小道の散策は小さな幸せです。

93-2 春休みはサイクリングで
早咲き桜のサイクリング道、親子で颯爽と通り過ぎて行きました。

93-3 釣り天狗たち
毎日が休日のシニア釣り師には居心地の良い場所ですネ!

93-4 独り静かに
 狙い物は同じでしょうか たぶん・・

93-5 朝の日課
白鳥家族にとっては芽吹いたばかりの若草が一番のご馳走です。
手前がオス親で普段は人が通ると威嚇行動するのですが、
毎朝出会う常連さんには知らん顔です。

山ケン

2016年3月26日土曜日

3/26 蘭展より





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今週のテーマ;蘭展より

今年の世界ラン展は花自体の展示コンペよりディスプレイ、
フラワーアレンジメントなどに努力作が多いのではと感じました。

92-1今年の日本大賞
日本大賞は “パフィオペディルム” でした。
一見何の変哲もないパフィオなのですが出典者は昨年も出していて
今年は特に均整のとれた隙のない姿でした。

92-2蘭展より2682
真珠の白色が清純な姿を連想し気に入りました。

92-3蘭展より2625
蘭の香りに似合う紅茶の銘柄は何でしょうか?

92-4蘭展より2624
これは華道家 暇屋崎省吾さんの出展作品です。
こんな着物姿の女性はさぞ高貴なお人でしょう!

山ケン

2016年3月13日日曜日

3/12 千住大橋と松尾芭蕉






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写真便り20160311(90)号
今週のテーマ  千住大橋と松尾芭蕉

千住に最初に橋が出来たのは徳川家康が江戸入府4年後の文禄3年(1594)。
この頃は未だ隅田川と呼ばれる以前で、単に“大橋”と言われていた。
それから100年、元禄6年(1694)徳川綱吉のとき隅田川下流に両国橋に次いで
3番目の大橋(現在の新大橋の初代)が出来たことで
“千住大橋”と言われるようになったと伝えられています。

90-1 橋の銘板が「大橋」のままの千住大橋
現在の千住大橋は昭和2年(1927)架橋で、大正12年(1923)の関東大震災で 隅田川の
橋が
ことごとく壊れた後の復興計画の最初に造られた強固な鋼鉄製のタイドアーチ橋で
す。
東京に現存する最後の老朽橋ですが 米寿を過ぎた今も交通量の多い
日光街道(国道4号)の一部の責務を果たしています。

90-2 千住の大はし (歌川広重作)
隅田川に初めて大橋を掛けたのが伊那忠次【天文19年(1550)~慶長15年(1610)
 家康の関東支配に貢献した代官】で、柱杭は仙台 伊達侯の寄進の槇材が使われ、
「伽羅よりもまさる千住の橋の杭」という川柳が残っています。
架橋は千住が湿地帯で大変な苦労だったと伝えられています。

90-3奥の細道 矢立初めの場所千住
元禄2年(1689)3月27日(5月27日)深川の芭蕉庵から船で門人たちと千住に着いた松尾
芭蕉、
ここで門人たちと別れて曾良と二人で「奥の細道」に旅立った。
その時の矢立て初めの句が「行春や鳥啼(なき)魚の目に泪」です。

*矢立て初め⇒携帯用の筆と壺のセットを始めて使うことで⇒発句のための旅立ち

90-4 千住大橋南詰にある素盞雄神社(すさのおじんじゃ)の芭蕉記念碑
平安時代 延暦14年(795)に創建された社と言われる境内に,芭蕉と門人たちが
この筆を確かめた碑が現存しています。

*場所:千代田線南千住駅下車徒歩約8分

山ケン

2016年3月5日土曜日

3/4 鳥の飛翔姿





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写真便り20160304(89)号

今週のテーマ 鳥の飛翔姿

鳥は飛んでいるときが一番美しい
特に大型の鳥は風格があり山ケンの好きな写真対象です。

89-1 ダイサギ 飛ぶ
サギの仲間は縄張り意識が顕著で、自分の縄張りに他のサギが近づくと
すかさず飛び上がり縄張り防御行動をとります。*相手が“サギ科”以外は知らん顔
です。

89-2 獲物を求めて セグロカモメ
セグロカモメは大型(翼開長:約140㎝)でユリカモメと違って
群をつくらず ほとんど単独行動で獲物を探す海川のギャング的存在です。

89-3 餌を求めてジャンプするユリカモメ
ユリカモメ(翼開長:約100㎝)は集団で行動しながら、
餌の存在が分かると高速ダッシュで現場に急行 餌の争奪戦を展開します。

89-4  悠然と巣に帰るアオサギ
日没近く、一日が終わり満足した姿で自分の寝場所に帰るアオサギです。
手賀沼付近で見かける鳥では一番大きく翼開長は170㎝もあります。

山ケン