2019年3月2日土曜日

3/1 上野界隈散歩シリーズも上野公園から少し足を延ばしました。








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上野界隈散歩シリーズも上野公園から少し足を延ばしました。

第13話 谷中その1 谷中
上野公園の端 東京芸大裏にある和菓子の老舗「桃林堂上野店」から北へ“芸術通り”を100mほど行くと“言問い通り”に出る そこからが谷中です。
                                  
245₋1和菓子の老舗 桃林堂
この手前左の道を北へ100mほどで谷中に出ます。
まだ食べたことはないが小鯛焼は絶品だそうです。甘党さんは散歩前の腹ごしらえにどうぞ!

245₋2 カヤバ珈琲店
芸術通りと言問い通りの角地に大正5年築の町家があります。昭和13年から営業していた「カヤバ珈琲店」です。平成18年 持主逝去で一度閉めたが有志達の努力で平成21年復活、レトロな雰囲気が人気で連日大入りです。

245₋3 旧吉田屋酒店
 明治43年築のこの酒屋さんは江戸時代以来の老舗で 昭和61年まで営業していた。もともとは1ブロック隣の谷中6丁目(旧谷中茶屋町)にあったのをここに移設復元した 明治・昭和の谷中を象徴する建物です。

245-4 吉田屋店内
 店内は明治・昭和そのものの造りで 小さいころ母に頼まれて一升瓶を持って醤油を買いに行った昔を思い出しました。

245₋5 谷中ってどんなところ
谷中は江戸一番の寺町。もともとこの一帯は寛永寺の寺領だったときもあり寛永寺の支院・堂塔も多く 現在この地図内だけで76寺、どんな路地でも「お寺さん」の門前を通ります。
次週散歩予定の谷中銀座(☆印)はこれに対峙するような国際観光地的下町の賑わいです。

山ケン

2019年2月23日土曜日

2/22 二十四節気








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二十四節気;七十二候では 2月19~23日は「雨水初候;土脉潤起(つち の しょううるおいおこる) ⇒「雪が春の雨に変わり、凍てついた大地もゆっくり潤い始める」と言う頃だそうです。

手賀沼公園もどことなく春になってきました。
自宅から自転車で15分 まだ寒い春、それでも手賀沼公園(我孫子市)の休日はファミリーの憩いの場所でした。
日課の湖畔一周では単に通過ですが、今日は風もなく穏やかな公園をゆっくり通って「雨水初候」を楽しみました。

244₋1早春のワンド
 公園のワンド(入り江)は 冬の渡り鳥たちほとんどが北へ帰り 残っているのは手賀沼住民のカルガモ、カイツブリ、オオバンになりました。

244₋2ひと時
 早春のベンチ下も草が芽生え色をつけてきました。

244₋3休日の家族
乳母車の赤ちゃんも寝ていますネ・・・
 
244-4公園のひと時
 “北帰行”に遅れたオナガガモが餌をねだっていました。

山ケン

2019年2月17日日曜日

2/15 上野界隈散歩シリーズ 第12話 正岡子規と野球







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上野界隈散歩シリーズ

第12話 正岡子規と野球
 
「上野公園内の東京文化会館の横に“都民野球場”があるのをご存知ですか?」
その広場が2002年(平成14年)「正岡子規記念球場」と名付けられ、さらに正岡子規は野球に貢献した人として特別に表彰され“野球殿堂入り”も果たしたのです。

243₋1
この野球場が 子規の随筆“筆まかせ”に「明治21年3月21日午後、上野公園博物館横空地で試合を行なった」とある所です。

243₋2
子規は1884年(明治17年)第一高等中学校に入学するとまもなく野球をおぼえ、他のスポーツには目もくれず野球に夢中になっていった。
 英語が堪能で「ベース:Base」を基礎⇒“基”との 訳にこだわった以外は現在も使っている用語が多い。

243-3
 1892年(明治25年)彼は大学を退学“日本新聞社”に入社すると随筆にベースボールに関する英文を翻訳した解説掲載で広く野球啓発に貢献した。
 彼は明治27年 上野寛永寺裏(写真1☆印)に母妹と共に住み、そこを「子規庵」と命名し活躍した。明治29年 記者として日清戦争に従軍帰路初めて喀血。

243-4 子規の部屋
帰国後 子規は病魔に負けず句会・歌会などに励んだが徐々に病魔は進行し「脊髄カリエス」もひどくなっていって 机(写真)を特注で作らせたりした。
山ケンが子規庵を訪ねた12月、あいにくの休日で中には入れなかったが彼が辞世の三句を残した9月18日(命日は19日)の記憶“ヘチマの実る庭”の写真が貼ってあり コピー撮影しました。

山ケン

2019年2月9日土曜日

2/8 上野界隈散歩シリーズ 第11話  上野で世界遺産の建築物とロダンに会おう!







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上野界隈散歩シリーズ

第11話  上野で世界遺産の建築物とロダンに会おう!

国立西洋美術館の本館は「世界遺産」です!
ル・コルビュジエ*①が設計1959年竣工した上野公園内の“「国立西洋美術館」”が世界遺産になりました。

ル・コルビュジエの「作品-近代建築運動への顕著な貢献作品群」として
フランスが「世界7カ国に散在する彼の建築作品 計23件の建造物を一括して申請
内17件が2016年7月“イコモス(ICOMOS*②)”から世界遺産に登録認定されたのです。
  *①ル・コルビュジエ(1887~1985);近代建築の三大巨匠*③の一人。
   *②イコモス(ICOMOS);国際記念物遺跡会議:世界の歴史的な記念物および遺跡の保存に関わる専門家による国際的な非政府組織。
  *③近代建築の三大巨匠;①フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright、米、1867~1959)“帝国ホテル東京”も設計 ②ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ(Ludwig Mies van der Rohe、独、1886~1969) ③ル・コルビュジエ(Le Corbusier、スエーデン/仏、1887~1985)

242-1 世界遺産“国立西洋美術館”
 ル・コルビュジエの建築作品コンセプトは①「ピロティー(柱)」②「水平連続窓」③「自由な平面」④「自由な立面」⑤「屋上庭園」などで“建築物の近代的要求”を満たす傑作が多く「20世紀の近代建築運動
に著しく影響したと言われています。
上野の国立西洋美術館ではル・コルビュジエの提案を受け入れ さらに展示室の中心までスロープで昇っていくという 渦巻き形の動線を特徴としているところが傑作です。

242-2 前庭のロダン作品 “考える人”
242₋3 同        “地獄の門”
242-4 同        “カレーの市民”

山ケン