2021年6月13日日曜日

6/11 小石川養生所の井戸とお稲荷さん

【小石川植物園へ】 小石川植物園は、上野公園広小路より都営バス「大塚駅前行き(春日駅経由)」で白山二丁目下車、徒歩3分、161,588㎡もの公園入り口(有料です)を入ると、そこは300年の歴史に支えられた4000種を超える様々な植物が息づいている武蔵野風景… ・入口を入って直ぐ左の林間を往き「生きていた化石と言われる(杉の子孫)メタセコイア」の林を抜け、右の坂道を上がると広々とした林の平地(白山台地)に出る。江戸時代「白山御殿」と言われた徳川幕府直轄地だったところです。 ・園内唯一の売店の左側小道を100mも行くと、眼前に東屋の中に古い井戸が現れる。 「小石川養生所の井戸」です。  「ここは都心?」全く信じられない風景です。 ・植物園は、桜の花見は当然、1年中何かの草花・樹木の花が咲いていて「花の写真好き」な山ケンにとって天国のような場所で季節ごとに通っていたのです。 が、園内は自転車が不許可。入口の駐輪場で下車のため、最近は徒歩での坂道は耐えられず、今は写真記録の中だけになってしまいました(;O;)  …閑話休題… 【ここからが今週のテーマ。話はちょうど300年前に遡ります】 364₋1 『赤ひげ 診療譚』の井戸 8代将軍徳川吉宗が「享保の改革」の一環として、江戸城竜ノ口評定所(現在の丸の内1丁目 日本工業倶楽部ビルの場所)前に 享保6(1721)年設置した“目安箱”に、町医者の小川笙船*⓵ から「施薬院*②」設置を嘆願する投書があった。 町民ひいきの吉宗は側近の有馬氏倫*⓵に施薬院の検討を命じ翌年 有馬は、南町奉行 大岡忠相*⓵/北町奉行 中山時春*⓵達に設立を命じ小石川養生所が開設された。 *①⇒364₋1 有馬氏倫・中山時春・大岡忠相:養生所(診療譚)を計画・設立。 小川笙船:診療譚の「赤ひげ」先生のモデル。 *②⇒施薬院(施の文字は発音せず「やくいん」と読む)は、『聖徳太子が仏教の慈悲の思想に基づき、その地に薬草を栽培し、怪我や病気で苦しむ人を救うために大阪 四天王寺内に作った』と言われ「薬草を施す」施設。 以下364-2~4 説明は 写真内に記述しました。写真をどうぞ・・・ 山ケン

0 件のコメント:

コメントを投稿