2018年6月8日金曜日

6/8 飛行機の音







207
20180608
飛行機の音

体力維持日課のサイクリング中、遠くからの飛行機音を聞くと 訳もなくその方向を向いて停車、カメラを自転車籠から出してスイッチを入れる…
「飛行機写真おたく」は何歳になっても直りそうもありません(笑)
カメラ積載のこの自転車を購入1年経過、5月15日までの走行距離累積が
4,600kmを超えました!  少しは頑張り老人効果が出ているといいですネ(笑)

207-1 P3C哨戒機帰還
パトロール任務からの帰還でしょうか。
着陸寸前のエンジン音は「ホ!」とした穏やかな響きです。
*2014年12月02日  15:01

*P3型機は1958年に初飛行した別名“オライオン”アメリカ ロッキード製650機 川崎重工製107機と言うロングセラー機です。
P3C哨戒機は現在でも海自の主力機として活躍中ですが、順次 世代替わり
するようです。
                                                               

207-2 あと10分で羽田到着です
トロントからのエアーカナダ5便(B777 羽田着16:55予定)が手賀沼上空通過中、今日はほぼ定刻に羽田着でしょう。
 *2015年02月14日 17:01

207-3 仁川に帰る
空気が冷たい冬空の中をまるで煙推進(?) 機 の様に夕日に向かっている機影は アシアナ航空の最新鋭機北米定期便A380でしょう。
*2016年01月15日 16:35

201-7 下総基地に飛来の海難救助艇US-1
日没近くになってようやく薄日が出たサイクリング道路で、普段耳慣れないエンジン音でカメラを向けた。
海難救助艇US₋1が 「ゆっくり、ゆっくり・・・」と着陸態勢になっていた。
*2014年11月10日 15:45 

*US-1(新明和工業製)は日本が開発・実用化した初の「水陸両用機」です。
水上機の着水(着陸)速度は大変遅く自動車並みです。
本機も昭和42年(1967)初飛行から50年、平成29年(2017年)12月13日に
退役 US-2 に引き継ぐことになったと報道され ストック写真から古い写真
を探し出しました。

山ケン

6/1 6月1日は「写真の日」です







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20180601 

6月1日は「写真の日」です。
  *「写真の日;天保12年(1841)6月1日 薩摩藩主 島津斉彬が初めて写真に写った日といわれ 日本写真協会が昭和26年(1951)に制定した。

山ケンにとっての写真の日は・・・

206-1 初めての写真
中学3年(昭和29年:1954)の冬、長兄から貰ったトイカメラ(フィルムサイズ24㎜×24㎜)で撮影した写真です。
この撮影が写真オタクになった原点「山ケンの写真の日」ではと思っています。

206-2 1号機と現用の機材
写真右側が高校2年になったとき長兄が友人から戴いた(現在所有の)本格的
1号機(206₋3の撮影機材) ZEISS IKON ⇒レンズ:NETTAR-ANASTIGMAT 105㎜ f4.5 製造番号?”です。

後日調査でこの機種は山ケンの歳より数年先輩の機材と分かりました。
今でもフィルムを入れれば 撮影出来ます。
が、「フィルムメーカ発表によると今年2018年に白黒フィルムは製造停止」。
もう撮影チャンスは無くなるのです(´;ω;`)

206-3 故郷の夕景
鮎釣りの人が写っているので多分初夏の撮影(月日の記録なし)です。
トイカメラに比べると精細さが桁違いの映像になり 「自慢の写真ができる」と、思っていました。
*カメラ;ZEISS IKON
  *撮影; f8 1/25  フィルム Fuji ASA 100 (三脚は借用品)
*アルバムからのデジカメコピーです。

当時は文なし学生、フィルム以外の出費ゼロを狙い 写真部員の友達を頼って もぐり部員になりすまし 全て自己流の作業。
つたない現像・焼き付け処理丸見えの作品ばかりでした(笑)
  
206-4 谷川岳 武能沢
高校を卒業 東京の小さな会社に入り 給料取りになったのでカメラ機材はいろいろと替わり小遣いの大半が写真に消える道楽者になっていました。
 *カメラ;アサヒペンタS2 コムラー   データ:記録なし
*アルバムからデジカメコピーです。

山ケン

5/25 カメラ散歩 江戸城の櫓(やぐら)







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20180525 

カメラ散歩 江戸城の櫓(やぐら)

江戸城の富士見櫓は360有余年の歴史を重ねて今も健在(復元だが)です。

205-1 江戸城 現存の二つの櫓
(左から) 富士見櫓・桔梗門・桜田巽櫓(さくらだたつみやぐら)。
今も昔と変わらぬ姿を残すこの風景は 江戸城の櫓で現存の二つが同時に見られる絶好の場所です。

 *江戸城最盛期の櫓は内濠・外濠に三重櫓6棟、二重櫓10棟、平櫓4棟、多門櫓26棟の合計46棟も備えた巨大城郭(当時は世界一と言われた)だった。それらの櫓は一度も戦火に見舞われなかったのです。
しかし木造のため 地震による度重なる倒壊火災などで、現存する櫓は内堀の3棟(富士見・伏見・桜田巽)だけになったのです。

205-2 木造三重槽の富士見櫓
明暦の大火(明暦3年:1657)で天守閣、本丸と共に富士見櫓も焼失。
五代将軍家綱によって本丸、富士見櫓を2年後に再建(万治2年:1659)した。
富士見櫓は、どこから見ても同じ形に見えるために、八方正面の櫓とも 呼ばれ、本丸に近いため天守の替わりにも使われた、との事です。

205₋3 蛤濠から見上げる富士見櫓(南面)
本丸の南端近く、城内一の高台に造られた 高さ16m 延べ面積323.08㎡の富士見櫓は 江戸の街はもとより品川の海まで望見でき 大川(隅田川)の花火見物も楽しめたと伝えられています。

205₋4 本丸跡から見た富士見櫓(北西面)
櫓は関東大震災(大正12年:1923)で損傷、大正15年耐震化(外壁をモルタルなどに)復旧。
 昭和42年(1967)外壁を昔の漆喰造りに復元し直し今に至っています。


山ケン